2010年2月 2日

アスワン・ハイ・ダム

建設目的は、ナイル川の氾濫防止と灌漑用水の確保であるが、ロウ・ダムだけでは力不足であったために、当時のエジプトのナセル大統領がソ連の支援を受けてアスワン・ハイ・ダムを国家的事業として計画を立てた。高さ111m、全長3,600mの巨大ロックフィルダムである。

アスワン・ハイ・ダムの巨大な貯水池ナセル湖の名はガマール・アブドゥン=ナーセル大統領の功績をたたえてつけられた。アスワン・ハイ・ダムの完成によって、毎年のように起こっていたナイル川の氾濫を防止するとともに、12基の水力発電装置が210万キロワットの電力を供給。ダムにより出現したナセル湖から供給される水は不足がちの農業用水を安定させ、砂漠の緑化も行われた。その一方で、ナイル川の生態バランスを破壊したなどの批判もあるが、ナセル湖の漁業はとても活発で、豊富な水産物は重要な食料として活用されている。

ナイル川は、毎年夏に洪水が発生していた。これがナイル川流域に肥沃な土壌を形成することに役立っていた。しかし、流域の人口が激増すると、ナイル川の洪水をコントロールする必要が発生した。エジプトを保護下に置いていたイギリスは、1901年、アスワンダムの建設を行う。
アスワンダムだけでは不十分と考えたエジプト政府は、1952年にアスワン・ハイ・ダムの計画を始める。その後、エジプト革命で政権交代が起こり、イギリス主導で行われていた建設計画は中止される。

大きな利益を得られると踏んだ革命政府は建設へ向けて資金調達を始める。ナセル大統領は財源確保のために1956年にスエズ運河国有化を宣言、第二次中東戦争の発端となった。1958年、冷戦の影響もあり、ソビエト連邦が建設資金と機材の提供を申し出る。

1960年に建設が始まるが、水没地域の約9万人といわれる移住の問題解決の必要があった。同じく水没地域にあった、ヌビア遺跡のアブ・シンベル神殿は、当初そのまま水没させてしまう計画だったが、国際社会からの反対の声が強くユネスコの援助で巨額の費用をかけて湖畔に移築された。

総コスト10億米ドルをかけて1970年に完成。完成を記念した塔が湖畔に建てられている。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

今は周辺の遺跡とともに、観光地になっているようです。

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